ニッカウヰスキーホームページより抜粋

1962年、念願のスーパーニッカが完成し、これを収める容器を探していた政孝は、あるとき各務クリスタルを訪れて、
一本のボトルに目を留めた。
 「パッと見るなり“これがいい”と、抱きしめて離さなかった」。各務氏の片腕として活躍していたガラス工芸作家、
佐藤潤四郎氏は、かつてそう語っている。溶けたガラスに吹き竿を使って息を吹き込み、一本ずつ手で完成させる手吹きのボトル。
すらりと伸びた首と柔らかにふくらんだボディ、容量もぴったり合っていた。
 難点は手づくりゆえに量産できないこと。高価でもあった。2級ウイスキーが300円台で買えた時代、
ボトルの原価だけで500円したというのだから、容器というよりひとつの工芸品といえた。
手吹きゆえ口径が一本一本異なり、これまた手で作られたガラス栓とは、ひとつずつ擦り合わせる必要があった。
ボトルと栓、それぞれに番号がふられ、これが合致しないとぴたりと閉まらなかった。

 やがて、機械によるボトル製造技術が発達し、スーパーニッカのボトルも手吹きから機械吹きへと置き換わる。
しかし、鶴を思わせる優美な姿は変わらなかった。
 このボトルのデザインについて問われた佐藤氏は、こう答えたという。
「だいたい壜(びん)というのは、放っといてもああいう形になるんですよ」。
 ガラスに吹き竿で息を吹き込めば自然な球形が生まれる。そこから注ぎ口を長く伸ばせばスーパーニッカのボトルになる。
 自然が生んだ、繊細な造形。自然に育まれたスーパーニッカにふさわしい、みごとな花嫁衣裳であった。


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